2003年4月11日号

市長ほっとコラム

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社会人一年生に「考える習慣」を

市長●佐竹敬久

 毎年四月は、新入生や社会人一年生、あるいは転勤したての人々の往来が目につき、新鮮な息吹の中にも忙しさが感じられる時期です。   特に、今年は統一地方選挙の年にあたり、本市のみならず全国津々浦々で選挙が行われ、北国ではお花見のシーズンとも重なることから、まちは一層にぎやかな様相になります。
 さらに、株価の安値更新など低迷を続ける経済状況に、イラク戦争・北朝鮮問題など混沌とする国際情勢が加わり、平成十五年会計年度は先が見えない不安感や騒然とした世相の中でスタートしました。
 さて、最近とみに感ずることですが、どこの局もワンパターンのテレビのワイドショー番組の高い人気や、少しの思慮があれば引っかからなかったものを、欲の皮が突っ張ったばっかりに被害を被った話など、文明の成熟とは世の中の知的レベルが低くなることなのかと思わせるようなことが多くなったような気がします。
 また、個性を売りものにした商品に群がり、似合う似合わないとは無関係に、誰もが同じものを手にして自己満足している集団的個性(?)というおかしな流行や、考えているようで実は何も考えていないのではと思われる、横浜市帷子川のアザラシのタマちゃんを捕獲したり餌づけしようとした独りよがりの団体の件など、笑うに笑えないような話題が尽きることがありません。
 日本人は、高いレベルの教育を受け、情報が満ちあふれ、およそ何でも手に入れることができるようになった反面、逆に物事をしっかり考えることを面倒がるようになり、何事にも思慮深さが足りなくなってきたように感じられます。
 貧しかったけれども、少し前の時代の格別学歴もない市井の人や、様々な情報を得る機会が少なかった田舎でつつましやかに暮らしていた人々のほうが、今の人よりも数段思慮深く、社会への洞察力や分別があったのではないかと思います。
 「人間は考える葦である」という、フランスの物理学者で哲学者でもあるパスカルの有名な言葉があります。
 これは、人間は水辺に生える葦のように弱いけれども、考える能力を持つからこそ、弱くても生存し続けることができるという意味です。
 特に将来の秋田市を担う大切な社会人一年生の皆さんには、何事も先ずは自分の頭で考えてみるという習性を身につけてほしいと思います。
 もちろん、今年新規採用になった三十人のフレッシュな市役所職員から率先することですが… 

緊張と期待の1年生(秋田市役所の入所式で)


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