※掲載している情報は「広報あきた」発行当時のものです。
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2017年3月3日号
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「秋田市の先人」の功績をシリーズで紹介 |
先人が残してくれた…(7) |
東海林 太郎 |
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(しょうじ たろう)
明治31年-昭和47年 (1898-1972) 台所町(現・千秋矢留町)生まれ |
東海林太郎は、昭和8年プロ歌手となり、翌年「赤城の子守唄」「国境の町」が空前のヒットとなり、歌手としての地位を確立しました。その後も「むらさき小唄」「すみだ川」など、次々とヒット曲を出し、その豊かな歌唱力で存在感を示しました。戦後は、なつかしの歌声ブームの中、人気が復活。昭和38年には日本歌手協会初代会長に就任し、歌手の地位向上にも尽力しました。
東海林太郎の代名詞といえるのが、ロイド眼鏡に燕尾服、直立不動の姿勢で歌い上げる姿。聴衆を魅了した彼の功績を称え、平成26年の国民文化祭では「東海林太郎音楽祭」が開催され、全国からたくさんのかたが来場し、往時を偲んだのは記憶に新しいところです。 文書法制課ホームページに「秋田市の先人」を掲載しています。 http://www.city.akita.akita.jp/city/gn/dc/hs/senjin/senjin.htm |