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かっぱの絵
その4
おりんとほたる地蔵

 いつのころのことか、雄物川を越えるには、渡し舟しかなかったころのことだド。
 川のほとりの村里の下はずれに一軒の家があったド。
 ぢっちやとばっちや、それに若者が住んでいて、少しの田んぼを耕し、山仕事で何んとか静かに暮していたド。
 若者は、二十歳も過ぎ、嫁ッコを貰う年頃になったので、どこかによい嫁ッコがいないか探していたところ、世話する人があって川向いから、おりんという娘っコを嫁に貰ったド。  おりんは気だてもやさしく、それに姿も美しく、働きものであったため、ぢっちやもばっちやもよい嫁っコがさずかったと大喜びで、若者も前にもましてよく働くので、家の暮しもだんだんよくなっていったド。
 三年ほどの月日がたって、おりんはめんけ(可愛い)男のわらしを生んだド。家の中は、一層明るくなり、ぢっちゃもばっちゃも、とにかく孫がめんけくて眼の中に入れてもいたくないほどで、一刻(いっとき)も側から離さぬようなありさまであったド。
 わらしもよちよち歩きをするようになって、大きくなったド。川のほとりに家があるため、わらしがちょっとしたことで川に落ちたりしてはと、それはそれは家中が気をつけて育てていたド。
 夏のある日の晩方、その男わらしは、外で飛んでいるほたるに誘われて、いつのまにか一人で土間におりて外に出ていってしまったド。
 家のまわりは、田んぼが続き、水の流れる小さな堰(せき)もあって、たくさんのほたるが飛びかい、あちこちで、子どもたちのほたるを呼ぶ声が聞えたド。
 男わらしのいないことに気がついた家の人たちは、すぐにそこいらをさがしてあるいたド。
 ほたるを追って行ったわらしっこは、かわいそうな事に見つかった時は、川に落ちて息たえていて、わらしっこの魂のような大きなほたるが、ぽっかりと空にのぼって行くのを見て、家中のものを泣き悲しませたド。
 泣きながら、小さななきがらを小高い丘の墓地に埋めて、小さな地蔵さんを建ててほうむったド。
 手の中の宝物のように大事に育てたわらしっこが死んだものだから、ぢっちゃもばっちゃも嫁っコのせいとつらくあたることもあったド。
 悲しみにくれたおりんは、折を見ては地蔵さまにすがって泣いていたド。そして、おりんの涙のこぼれたところは、夜になるとほたるのようにほの白く光って村人の心をうち、「ほたる地蔵」と呼んで、子どもたちが川でおぼれないように祈ったおかげで、それからは、この村で水におぼれて死ぬわらしこが出なくなったド。
 とっぴんぱらりのぷ!


かっぱの絵
民話への招待
 大川のほとりに暮す人たちにとって川の水は、多くの漁の恵みを与え、水道のない頃には飲料水、風呂水など生活用水としてなくてはならないものでした。また、田んぼの掛け水としても欠せない命を保つ水でもありました。
 子どもたちの水泳ぎや、炎暑の時の川涼み、趣味での魚釣り、その中で、とくに生活物資の運搬には大きな役割りを果しました。
 しかし、それらの恵みのかげには、洪水による被害、舟運につきまとう水難、水遊びや渡し舟による水死者などの悲しい出来事もまた、多くあったことは言うまでもありません。  その一つの物語が、この民話ですが、幼い子どもたちが亡くなると地蔵様を刻んで、そのめい福を祈る信仰がありました。
 地蔵様とは──正像末の末法の時代、無仏時代の救いの仏として造り出された最も庶民的な仏とされ、死者の供養と成仏にあったとされています。
 地蔵様がほたるのように光ったのは、蛍石という石もあるが、それでもないだろうし、夜光虫というべん毛虫類に属する原生動物とも思われません。何かの原因で燐光を放ったものやら……。幼くして失われた命に対する愛惜の情が切々と伝わってきます。

 

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