秋田市雄和市民サービスセンター
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かっぱの絵
その5
市之助とみの星(ぼし)

 雄物川のほとりにある村里に、市之助という働き者がおったド。  田や畑の仕事、山仕事も人の倍以上働くのは、あまた(多くの)の子供たちを養うためでもあったなだド。
 ある年の冬に近い日のこと、市之助の実家から、「ぱあさまが、体具合悪くなったので、見舞いながら顔を見せに来い」と、ことづてがあったド。市之助は、仕事を途中で切りあげ、急いで出かけたド。
 盆、正月ぐらいしか実家に行かない市之助の日焼けした元気な顔を見たのか、ばあさまは思ったより病気が軽かったド。ぱあさまは枕元に座った市之助とあれこれ話をして、楽しそうであったド。
 時のたつのは早いもので、秋の日はトップリと暮れ、だんだん天気あんばい(具合)も悪くなってきたド。
 「泊まって、あしたの朝に帰ればえね(帰ればいいのに)」
と言って家中で引き止めたども(けれども)市之助は、仕事や家族のことが心配になって、帰ることにしたド。ばあさまに別れをいって、みのと笠、それにちょうちんを借りて、暗い門ロ(かどぐち)を出たド。
 家までは二里(約8km)ほどの道のりで、ちょうちんの明りで足元を照らしながら峠を越えたりで、なかなか思うように進まなかったド。
 途中、昼でも暗い、石神様のほこらのある森を通ったら、どうしたことか、ちょうちんの灯が消え、それに雨みぞれのようなものが降ってきたド。また、狼が遠くで吠えているような気がして、ドンドン足を早めたド。そしたら、行く先がポッーと明くなって、人形(ひとかた)のような光るものが、だんだん近づいて来て、見る間に市之助とすれ違ったド。それは、ピカピカと光るみのを着た人で、声もかけずに飛ぶようにして過き去ったド。市之助は、「気持悪いもんだな!」と思いながら、ふと自分の着ているみのを見ると、不思議なことに同じようにピカピカと光っているもんだから、腰を抜かさんばかりにびっくりしたド。
 そして、降ってくる雨みぞれが、みのについた露の玉が、一つ一つ光り、手で払い落そうとすると指も光るので、気が気でなかったド。
 全身が光るせいか、近づいて来たように思われた狼の吠びも聞こえなくなり、飛ぶようにして家に向って走ったド。
 息をはずませ、ようやく家にたどりつき、「今帰ったド」と門戸を開けて、家の灯を見た瞬間、今まで光っていた光る露の玉は、またたくまに消えてしまったド。雨みぞれも、そのころには、いつの間にか止んでいたド。
 次の朝早く、実家のおばあさんが、昨夜、市之助が帰った後、急に容体が悪くなり、他界してしまったことを知らせる使いが、戸をたたいたド。
 その話を聞いた村の年寄りは、「それは、みの星というもんだ」と教えてくれたド。
 とっぴんぱらりのぷ!


かっぱの絵
民話への招待
 電灯がともらないころ(秋田市周辺に電灯がついたのは昭和元年)夜の外歩きは、現代の人たちにはとても想像できないほど大変なことでした。道路は、巾が狭いうえに曲がりくねっており、峠道などを越えるのには難儀したものです。
 民家の屋内照明には、菜種油や松やにを灯していました。そしてローソクなどの貴重品は、お祭りや葬式などの時しか使いませんでした。したがって、屋外に洩れる灯影などは、乏しいもので、月のある夜以外はまったくの暗い道中でした。たいまつとか、ちょうちん(提灯)にたよるほかなかった時代ですから、雨や風の強い悪天候の日は、とくに大変であったろうと思われます。
 狼は、明治38年(1905年)角館、田沢に生息していた記録が残っていますが、山犬や野犬の類も多かったものと思われます。
 石神様は、道祖神(旅行者の安全を守ってくれる神)であり、みの星は、夜光虫の発生によるものであろうか…、科学的な解明までは至っていません。狐火などのように、狐やむじなの仕業とも思いたくないし……:。むしろ、道祖神の神わざによるものか。亡くなった市之助のばあさまの霊魂が、道中を見守ってくれたのかもしれない……。

 

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