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かっぱの絵
その11
白馬(はくば)で通(かよ)った鹿島さん

 隣村の建家に出かけた大工の十兵エは、生来の酒好きから、仲間たちにおくれておそくなり、すっかりよい気げんになり、千鳥足で家路に向ったんだド。
 十兵エの家は、川のほとりの部落で、沢に向って行く枝道を十町(約1000メートル)ばかり入ったところにあったんだド。
 ふらゝ横道を入って行くと、折から月が雲間より出て、提灯もいらぬ明るさになったんだド。
 とたん馬のひずめの音が近づき、白装束の人物を乗せた白馬が風のように行き違ったド。十兵エは驚きと恐れのあまり、道ばたにひっくり返って腰を抜かさんばかりで、酔いもすっかりさめてしまったド。家に帰って女房に話したら「酔っぱらって、狐にでも化かされたべ」と、相手にされなかったド。
 しばらくしてから、十兵エは、金比羅講の集まりがあったので、仕事を昼までにして出かけたド。
 お参りしたその後、宿の手料理で酒の量も進み、世間話に花が咲いたド。
 十兵エは、甚助と三右エ門が話していることが気になったド。どうも十兵エの見た白馬の話らしいので、その話コに加わったんだド。「それだば、俺も見たども酔ってからの事だし、誰にも話はしながった」と相槌を打ったド。
 そうこうするうちに、ほかにもその白馬の姿を夜中に見た人が4・5人おったことがわかったんだド。
 どうも人間技ではないようだし、それは神様の化身でないだろうかとの話も出て、その席の話題が白馬のことに集中し、あれこれ話が出たんだド。
 そのうち、「もしかするとその白馬に乗ってくるのは、鹿島さんのお使いではないだろうか?」と言うことになったんだド。
 見かけた人たちの話を合せると、森の山から下道の間を往来しているらしいんだド。
 見た人たちは、神々しさに打たれ、見てはならぬものを見て、あとで何か悪いことでもあればとおそれたために、真夜中に馬のひづめの音を聞いても戸外に出ないようにしていたんだド。
 みんな「それは本当に鹿島さんのお使いだんべ、俺たちがご還宮に反対したのに、お上の命令で、熊野さんを合社すると言って熊野さんの宮地に引越しさせられたんだもの、神様だってきっと心残りがあったんだべ」とロ々言い合ったんだド。
 この話が噂となってだんだん広がり、氏子総代や村の肝煎たちの耳に入って、相談の集まりを何回ももったド。そして、神意をおろそかにしてはならぬと、おごそかなお祭をおこなったド。
 神々様の大御霊をお鎮めしたのだで、それからはお神渡りの噂もだんだんうすれていったんだド。
とっぴんぱらりのぷ!


かっぱの絵
民話への招待
 鹿島神社の現在の鎮座地は、合祀の熊野神社の社地であったことから、熊野さんの通称がある。
 創建は、万延元年(1860年)森の山(椿川字小田清水114番地)に藩の斡旋によってなされたもので、明治6年には村社に列され、同40年に真山神社、神明社、住吉神社、向建部神社、向八幡神社、向神明社、ついで41年に熊野神社を合祀して、現在地に還宮したものである。
 祭神は、武甕槌神、真山大神、住吉大神、応神天皇、天照大御神、伊弉那岐神、伊弉那美神、経津主大神、建部大神の九柱の神々となっている。
 この物語は、明治維新と共に神道を復古、神社をもって国家の宗祀とし、祭政一致により国づくりをすすめることで、神仏分離令を出したり、社寺創立の制限や神社の社格などにいろいろな定めを設けた。
 そのことにより、創立の年次、氏子、境内地、神社財産をととのえることや、多すぎた神社の中で、すでに荒廃したり祭祀のおこなわれなかった神社の合併により、民カがその維持に適合できるように配慮されたものである。この物語もその中から生まれたもののようだ。

 

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