秋田市雄和市民サービスセンター
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かっぱの絵
その23
弥右エ門と三びきの獣(けもの)

 だいぶ昔のことであったド。雄物川のほとりのある山里に、弥右エ門と言う人が住んでいたド。その人は、若いころから動物好きな、しかも風変わりな人であったド。
 弥右エ門の家では、だいぶ前から猫を飼っていたド。ある日、弥右エ門が山仕事に出かけたところ、雨宿りをしていた古い炭小屋の釜のところに迷い込んでいた小狸を見つけたド。生来の動物好きもあって、家に連れて帰り、子猫といっしょに飼うことにしたド。
 ところが、四、五日してから同じ部落の親しくしていた猟師が、子狐を一匹連れて来て、「小狸を育てているのだから、ついでにたのむべ…」と置いて行ったんだド。
 弥右エ門は、これも何かの縁だと考えて、いっしょに育ててみることにしたんだド。始めのころは、小さいながらそれぞれいがみ合って、なかなか馴れあわなかったんだド。だんだん弥右エ門の愛情がわかってきたのか、三匹とも仲良しになったド。月日がたつにつれて、弥右エ門の仕込みもあったのか、色々と芸事をやるようになったド。猫は箸(はし)を口にくわえて両手をそれにかけて立って踊り出し、狸も後足で立って歩き、狐は暗がりで火をともすという具合であったド。家の人たちもそれを知って、気味悪く思っていたド。
 そのうちに弥右エ門が亡くなったので、まず狸を山へ捨てに行ったところ、狐と猫もいつの間にか姿を消したド。
 その後、狸を捨てた山へ行って、行方不明になる村人が多く出たんだド。
 そのころ、村に兵太郎と言う元気者がおって、毎日山仕事に精を出していたんだド。
 ある日、山で日が暮れ、途中でひと休みしていたら、向こうの山から「兵太郎」「兵太郎」と呼ぶ声がするので、「はて?、この山中に今ごろ誰だろう」と返事もせずにいると、その声がだんだん近くなってきたド。月明りに透かして見ると、なんとそれは大狸が後足で立ち、のそのそと歩いてくるんだド。
 兵太郎は恐ろしくなって、大木の影にかくれたド。狸はそれを知らずに「兵太郎」と呼びながら、大木の前を通り過ぎたド。兵太郎はその後から走り寄って腰の鉈(なた)をぬき、一撃のもとに倒したんだド。
 いかに元気者の兵太郎でも、恐ろしくなって家に飛んで帰ったド。
 翌朝、隣りの若者と出かけてよく調べると、腰に藤蔓を巻き、樺のどらんこ(煙草入れ)を下げていたんだド。
 そのどらんこは、8年ほど前に山で行方不明になった五郎太夫という人の持ち物であったんだド。
 その後何年かたって、さきにいなくなった描が、女に化けて人を化すので、武士に退治されてしまったド。
 狐はどこでどうなったことやら。
 とっぴんぱらりのぷ!


かっぱの絵
民話への招待
 この物語は、元文年間(1736年〜1740年)。隣りの協和町(現在の大仙市)にあったことと語り伝えられています。
 そのころの我が町(現在の秋田市雄和)のできごととして、町誌の中に書かれていることは、椿川に熊野神社が創建された時代となっています。
 民話の中には、人間と動物のつながりによる悲喜こもごもの物語があります。その大部分のものは、動物に愛情を込めて飼育した人に対する恩返しや、その反対にいじめられ、しいたげられた人間に対する仇討ちのようなものが擬人的(人間の立場におきかえて考える)に語られております。
 とにかく、西洋、東洋を問わず今も昔も同じことは、そのお話を通じて、動物愛護の気持ちをうったえているように思います。
 どの動物も、人間社会との生活に深いかかわりを持っております。とくに、犬と描は、子供たちの遊び相手として可愛いがられますが、成長して大きくなるに従って、やっかい物として捨てられる例が少なくありません。まったく思いやりのない、なさけないことと思います。「めんなよー」と言いながら死んだ小動物がいかに多いことか。

 

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