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かっぱの絵
その30
与作と鮭女房(さけにょうぼう)

 昔、昔のことであったんだド。雄物川のほとりの村里に、ひとりの若者が住んでいたんだド。お父もお母も物心がついたころにはすでに亡くなっていて、しかも身寄りの者もいなかったんだド。 まだ幼ない童のこと、あわれに思った隣り近所の村人は、「与作」「与作」と声をかけて、子守りや使い走りなどの手伝いをさせながら育ててくれたんだド。

 月日の過ぎるのは早いもの。与作も丈夫なよい若者になり、亡くなったお父と同じように川人夫をしていたド。ある時、浅瀬に迷い込んだ鮭の子を可愛いそうに思って逃がしてやったことがあるほど、やさしい若者であったド。 やがて与作は20歳を過き、女房をもらう年ごろになったんだド。与作は、なんとか亡くなったお母のような優しく、きれいな女房が欲しいと思っていたド。それで、日ごろから信心していた大威徳神社というお宮に願いをかけ、31日間、夜ごとに祈願を重ねたところ、満願の日に「願いはよくわかった。汝の願いは、この神社の石段の下から三段目で待てばかなえられるであろう」とお告げがあったんだド。

 空耳かとも疑いつつも、喜び勇んでお礼のお参りもそこそこに、お告げのあった石段のところへ飛ぶようにして行ったド。 すると、そこに若くて美しい女の人が乳飲児(赤ちゃん)を抱いて立っていたんだド。

 そして与作が近づくとその女の人は、「ちよっと用事をたして来る間、この乳飲児を抱いていてください」と言って小走りに出かけて行ったんだド。与作は引き受けて抱いているとどうしたことか、だんだん重くなるので、汗を流しながら腕にカを入れ足を踏ん張って、やっとの思いで我慢していたんだド。女の人が戻って来て乳飲児を受けとってくれたので、与作はほっとしたド。それと同時になんとなくカのついたように思えたド。  すると女の人は、「あなたはこの子を抱いたので、力強い男になられた。もし私のような女でよかったなら女房にしてください。私はまだ独身で、この子はお守りを頼まれたものです」と言ったんだド。  話を聞いた与作は、この上もなく喜んで2人は夫帰になったド。 与作夫婦は、他人もうらやむほど夫婦仲もよく、美しい女房は料理も上手で、とりわけ吸物の味つけはうまかったんだド。

 与作はどんな味つけをするのかと料理をしている水屋を節穴からのぞいて見ると、なんと鍋をまたいで、ジャージャーと小便をしていたんだド。与作はびっくり、見られたと気づいた女房は、水屋の口から川にダボンと飛び込むと、大きな鮭になって大威徳山の淵の方に泳いで行ってしまったド。

とっぴんぱらりのぷ!


かっぱの絵
民話への招待

 この物語については、語り伝えをまとめたものでありますが、類似するものがたくさんあり、鶴の恩返しや、信田森の葛葉狐などの報恩の物語、赤児を抱いてカを授けてもらった武士の物語とをまぜ合せたような筋書になっています。

 与作の信仰する神様の大威徳神社は、雄物川の上流の玉川のほとり(仙北郡角館町蘭田字花園8)にある神社で、大威徳山の中腹に祭られていますが、尊崇者の参詣しやすいように別当の花脇栄一氏の宅地内にも更に神社を建てて、ご本尊は里宮に奉安してお祀りをしています。

 この神社の祭神は、夜叉明王であり、現在も神仏混淆で鳥居のほかに山門が設けられています。神式による例祭は、春祭は4月8日、大祭は8月15日で御本尊の開帳は7日間行われます。この神社は、本尊の縁起により12年に1回ある干支の丑年に大祭を仏式によりとり行われますが、白岩の雲巌寺(住職は桃園文雄氏)によって行われることになっております。

 大威徳山は、高さ70メートルくらいで、独特なる岩質による地層で玉川に面するところは断崖絶壁になっており、そこには深い淵があって、主が棲んでいると伝えられています。

 

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