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1856(安政03)- 1910(明治43)
秋田藩士黒川孝之の次男として秋田市保戸野に生まれる。9歳の時、実母の縁戚の鈴木一貫の養子となる。1877年佐伯製陶所に入り、松寿軒の号で秋田万古焼を制作する。生来の器用さに鍛錬を重ね、絵画、書、彫刻なども造詣が深く、抜群の妙技をふるった。別号清泉堂。81年明治天皇巡幸の際、休憩所となった佐伯家で御前製作を行い、茶器を献上するという栄に浴した。87年頃佐伯窯が廃業となり、巡査となる。91年河辺郡川添村下黒瀬の長谷川七太郎氏の煉瓦窯で秋田焼を再興するが、長く続かず、再び巡査となる。晩年は、不遇のうちに西根小屋町で没した。