※掲載している情報は「広報あきた」発行当時のものです。
2011年10月7日号

市長コラム

秋田市ホームページで市長の動向や記者会見の
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「市長ほっとコーナー」
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希望の光、灯る〜被災地からの手紙〜

市長穂積 志
 今年の竿燈まつりにご招待した宮古市、釜石市、多賀城市、そして秋田県内の避難者のみなさんから、わたしたち秋田市民への感謝の言葉が綴られた手紙が多数届きました。「竿燈が被災者の希望の光になれば」という思いでお招きしたのですが、いただいた手紙を読んでいると、「光が灯ってくれたのだな」と強く感じました。すべてはご紹介できませんが、今回は、その中から多賀城市のみなさんからの手紙の一部をご紹介します。また、今回の招待事業にご協力いただいたみなさんに改めて感謝申し上げます。

 このたびは竿燈まつりにご招待いただき、誠にありがとうございました。昼に上げる竿燈は以前見たことがありましたが、夜の竿燈もなかなかすばらしいものだと思い、とても感動し、目が吸いつきました。地震の時は水が止まり、半月も水汲みに走ったり、買い物に何時間も並んだりと、大変な思いをしましたが、竿燈やその他楽しいイベントのおかげで身も心もすっかり安らぎました。忘れられない夏になったと思います。秋田のみなさん、本当にありがとうございました(山王小学校の児童から)

 このたびは秋田の竿燈まつりにご招待してくれてありがとうございました。3月11日、ぼくは学校で授業を受けている途中で地震がきて外に逃げました。みんなパニック状態でした。その中、津波警報が出てすごく大変でした。その日は学校に泊まりました。布団も無くジャンパーを布団代わりにして寝ました。でも、余震もくるのでなかなか眠れませんでした。次の日、市役所に行ったけど、まともなごはんは食べられませんでした。そして城南小学校の体育館にも行ったりなどといろいろな所に行かなければならなくなりました。ぼくの家は津波のせいで電化製品は全部使えなくなりました。こういうことがありすごく落ち込みました。でもこの秋田竿燈まつりで元気をもらいました。これからも頑張っていきたいと思います。本当にありがとうございました
(八幡小学校の児童から)

 8月6日・7日は秋田にご招待いただきありがとうございました。ぼくたちは3月11日、東日本大震災で大きな地震と津波があってとてもつらい経験をしました。寒い夜と空腹、そして余震…とてもつらかったです。ぼくの家も大切な物がたくさん流されました。最初はとてもつらく「どうしてなるんだろう」と涙が出てきてしまったこともありました。でも秋田に行けることが分かった時、とてもわくわくしました。秋田に向かうバスの中はにぎやかでとても楽しい気持ちになりました。秋田に着いた時、中学生のお兄さんお姉さんが迎えてくれて杉の木で作ったメッセージ入りのプレゼントをもらいました。杉の木の話をしてもらって、しおりを大切にしようと思いました。その後、市長さんの話を聞いて、頑張ろうと思いました。夕食に食べたきりたんぽ鍋はとてもおいしかったです。たくさん食べておなかいっぱいになりました。その後竿燈まつりを見に行きました。小さな子どももお祭りに参加していてびっくりしました。竿燈を手やおでこ、腰で操る男の人たちはすごいなと感動しました。ぼくたちも頑張ろうと思いました。ぼくたちはみなさんに励まされ、力をもらっているのだな、と感じました。ほんとにありがとうございました。ぼくたちはこれからいっぱい頑張っていきたいと思います。そして、いつかまた秋田に行きたいと思っています(鶴ヶ谷サッカースポーツ少年団の児童から)

 一番すごかったのは秋田竿燈まつりでした。ぼくは最初「できるかなあ」と思いましたが、持ってみようとしたら重くて持つこともできませんでした。持ってる人は半年、1年くらい練習してるのかなと思い、感動して見ました。竿燈まつりに出たみなさん、バスでアドバイスしてくれたみなさん、ありがとうございました
(天真小学校の児童から)

 竿燈まつりへの招待ありがとうございました。心の底から興奮し、感動させていただきました。私の会社も津波に流され、再起不能とも思われましたがなんとか再開しております。祭りの感動、みなさまの応援を胸に今後も頑張ります。本当にありがとうございました(天真小学校の児童のご家族から)

 秋田はすてきな所でした。竿燈まつり、初めて見させていただきましたがすばらしかった。秋田の夏の夜空に揺れる竿燈の光。まるで、秋の金色に輝いて風に揺れる稲穂が私の目の前に広がっているように見えて驚きました。「がんばれ東北」の文字に涙が出ました。うれしかった、ありがたかった。応援してくれている人がいる強さ、大変なこと分かってくれている、支えてくれている人たちがいる。すごく秋田に行って伝わってきました。3月11日のあの地震と津波から私の生活はすっかり変わってしまいました。今までそこにあった生活がすべてなくなっていて私も母も涙が出ました。だけどおばあさんは泣いていませんでした。「涙も出ない。最初は何をどうしたらいいのか分からなかったけど、今は泣いているひまはない。片付けることに必死だ」と話していました。「生きているだけでありがたいんだ」と。被害の大きさは少しずつ違うけど、心に受けた心の傷はみんな同じなのだと思っています。そして何より、みんな一人ひとり助け合うその心が強くなっていると思いました。“負けない。頑張れる”。秋田の人たちはあったかかったです。ババヘラアイスのおばさんがバラの花のようにおまけしてくれて「頑張れ、頑張れ、大丈夫」と言ってくれたこと、うれしかったなあ。“おばちゃん、私たち負けないよ”。私はこの旅行で人とのふれ合いの大きさ、すばらしさをたくさん感じることができました。“大丈夫、頑張れる”。そう思える力、勇気、たくさんもらってきました。参加できて本当によかったです。もう少し経ってすべてが落ち着いたら秋田へもう一度行きたいです。そして秋田のみなさんに「ありがとうございました」とお礼を言いたいです。本当にすてきな秋田の旅行をプレゼントしてくださってありがとうございました
(天真小学校の児童から)

 8月6日・7日に1泊2日のご招待ありがとうございました。私は竿燈まつりを初めて見ました。重い提灯を片手で上げていてすごくかっこよかったです。それに自分の目の前に提灯が倒れてきそうになり、とてもスリルがあって良かったと思います。私は、おじいちゃんとおばあちゃんと友だちと私で「毎年行こうね」という約束をしました。だから毎年行きたいと思っています。今回はすごい体験ができて良かったと思います。これからも学校の勉強の方も頑張りたいです
(東豊中学校の生徒から)

 秋田竿燈まつりへ招待していただき本当にありがとうございました。3月11日の東日本大震災から何ヶ月か経ち、少しずつではありますが震災前の生活に戻ってきています。しかし、ふっと周りの風景を見ると、がれきの山や道路の亀裂、渡れないか所など、まだまだ、震災の傷跡が見られます。しかし、前を向いて歩いて行こうと頑張っているところで、今回の秋田竿燈まつりの、あの一人ひとりの技や頑張り…。すごい熱いものを感じさせてくれるお祭りでした。本当にありがとうございました。(東豊中学校の生徒から)
◆いただいた手紙の一部を市ホームページに掲載しています。
「秋田竿燈まつり」http://www.kantou.gr.jp/index.htm

多賀城市のみなさんが、義援金を届けてくれた
ドイツ・パッサウ市へ“ありがとう”(8月6日)



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