※掲載している情報は「広報あきた」発行当時のものです。
2020年7月3日号

市長コラム

市長 穂積 志(もとむ)

まつり、芸術文化〜心の栄養


悔しさをバネに来年の開催に向けて…

 例年であればこの季節、町内のどこからともなく笛や太鼓のお囃子が聞こえ、通りかかると竿燈の練習風景や土崎港曳山まつりのやまが組み上がっていく様子が目に入る、そんな頃かと思います。ところが今年は、多くのまつり・イベントを中止せざるを得ない状況となり、いつものまちの風景とはちょっと違ってしまいました。
 私は秋田市竿燈まつり実行委員会の会長でもあり、4月に委員会にまつりの中止を諮(はか)ったときは、まさに断腸の思いでした。江戸中期から約270年の歴史を刻み、中止となれば戦時中を除けば初めてです。これまでまつりを支えてきた関係者の気持ち、そして地域の社会経済に及ぼす影響を考えると今でも悔しい思いでいっぱいです。
 かつて東日本大震災のあと、宮古市や釜石市、多賀城市で避難生活を余儀なくされていたご家族を竿燈まつりに招待したことがありました。また、竿燈が大船渡市に出向き被災されたかたがたの前で演技を披露したこともありました。このとき、竿燈の光は夜の暗がりを照らすだけではなく、人の心に希望の灯をともしてくれたと確信しました。そんなことなども思い出し、うつむきがちなこのご時世であればなおのこと、ともしたかった希望の光でした。
 私たちは日頃意識している訳ではありませんが、知らず知らずのうちに地域のまつりや伝統芸能、あるいは芸術文化やスポーツイベントなどを心の拠(より)所にしていたり、季節の移ろいを実感する道標(みちしるべ)のようにとらえているのでは、と思うときがあります。これらが生活にすっかりとけ込んでいることを考えずにはいられません。
 4月に行われた秋田公立美術大学附属高等学院の入学式で、大八木敦彦校長が興味深い話を式辞の中で引用していました。ドイツのモニカ・グリュッタース文化担当大臣が、新型コロナウイルス拡大による芸術文化活動の危機に関し次のようなことを述べています。
“芸術文化は豊かな時のぜいたくではない。それは人間が生きていく上で、なくてはならないものだ”
そして大八木校長は、「このような時にこそ、芸術の本当の役割と人間の存在を支える力について考えなければならない」と続けています。同感です。芸術文化と同じように、これまで脈々と受け継がれてきたまつりや伝統芸能なども大切な心の栄養。私たちとしては、こうした地域資源の持つ力を次代につなげていくことが肝要だと思います。
 残念ながらこの7月はお囃子の音から季節感を味わうことはかないませんが、しっとりと潤った雨に咲く紫陽花(あじさい)や花菖蒲の鮮やかな色彩で四季のメリハリを感じたいと思います。

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