※掲載している情報は「広報あきた」発行当時のものです。
2021年9月3日号

市長コラム

市長 穂積 志(もとむ)

ありがとう、ナガマツペア

永原選手(左)と松本選手と一緒に。健闘を称(たた)えて、名入りの提灯を進呈しました。
2人からは、オリンピックマーク入りの名刺入れを記念にいただきました

 最近、時間を見つけてはさまざまなコースで散歩を楽しんでいます。先日、まだまだ強い日差しの中、田んぼの稲穂に目をやると、色は青々としているものの実(み)はしっかりとつまっているように見えて、季節が確実に秋へと向かっていることを肌で感じます。
 さてこの夏の東京オリンピックでもアスリートたちの数々の名言が生まれました。中でも特に印象に残っているのは、リオデジャネイロ大会に続き連覇を果たした柔道の大野将平選手の「賛否両論があることは理解しています。ですがわれわれアスリートの姿を見て、何か心が動く瞬間があれば本当に光栄に思います」の言葉です。大野選手はリオ大会優勝後、何のためにやっているんだろうと自問自答する日々だったと苦しんだことも吐露し、連覇したその日のことを「苦しくてつらい日々を凝縮したような1日の戦いだった」と振り返っています。コロナ禍にあってオリンピック中止も覚悟し、かつ、こうした苦しみを乗り越えて内面から溢(あふ)れ出たかと思うと、最初の言葉がなおさら重く心に響きます。
 そして何より心から「ありがとう」と言いたい2人がいます。バドミントンの準々決勝で、数回のマッチポイントを迎えながらも、あと一歩及ばなかった永原和可那、松本麻佑の両選手です。北海道出身で秋田との縁はありませんでしたが、インターハイなどで活躍する2人を北都銀行の原田利雄総監督がスカウトしたことをきっかけに、7年前秋田市を拠点に競技生活をスタート。佐々木 翔監督などの指導のもと着実に力をつけ、世界ランク2位でこのオリンピックに臨みました。
 その2人が戦いを終えた先月6日、報告のため市役所に来てくれました。そのときの言葉を紹介します。永原選手は「大会期間中も秋田のかたがたの声援が届いて大きな力となった。秋田に帰ってからも、お疲れ様、ありがとう、と声をかけていただき大変感謝している」。加えて松本選手は、「この訪問でも市役所のデジタルサイネージに大きく映してもらい、愛されているなと感じることができた。今後のことは決めていないが、何らかの形で秋田に恩返ししたい」。
 私からも、「常に心の糸を張り詰めていては、いつか糸は切れてしまう。まずはしっかり休養をとり、身体の内側から湧き上がってくる力を養ってほしい。選手として、あるいは後輩の育成など、引き続き秋田に関わりを持っていただければうれしい」とねぎらいました。市民・県民がテレビの前で心を一つに応援できたこと。2人の競技に対する真摯(しんし)な姿勢は、結果以上に私たちに感銘を与えてくれたと思います。

デジタルサイネージ画面

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